つくづくきみとキスがすき ― どくむし

  夜はこんなに深いのに、いつも明け方の静けさを持って始まる。青く燃える瞳は黎明の色に似ていた。更けゆく空と同じ色を彼に見るのは、きっと自分がこの恋に希望を持っているからだ。幼い頃欲しくて堪らなかった、今はもうすっかり諦めてしまった何もかもを海馬は自分に与えてくれる。何も返せないままでいるのは性に合わなくていつも手を尽くすのだけれど、その気になれば全てを手にできるこの男に自分がしてやれることなんて、最初からたかが知れていた。
 きっと自分にしか見せないであろう甘えるような素振りも、耳に直に注がれる言葉にならない音もどう受け止めたらいいのか分からない。どうしたらきちんと恋をしていられるだろう。どうしたら海馬が惜しみなく注いでくれる愛情に応えることができるだろう。素直に真っ当に海馬を愛していたいのに、複雑な感情と記憶が渦巻いて苦しくなる。体でしか答えないなんて悪いことだ。そう思っているのに、それ以外にどう答えたらいいのか分からない。黎明の色に見た希望は、まだ城之内の手中に無かった。
 キスが好きだ。言葉も思考も丸々海馬が奪ってくれる。滑らかでとろりとしていて息ができなくなるほど長い彼の舌に、心と体が奥底まで満たされていく。縋りたい指先がぴくぴくと動くけれど、縋ってはいけないように思えて手はいつも空を掻いた。
 行為の最中、城之内は敢えて気丈に振る舞った。普段は売り言葉に買い言葉で彼の歪曲表現をなぞるように気持ちを吐き出すくせして、こんな時に限って態度を変えてしまうことはどうしようもなく卑怯な気がした。海馬ならきっと誤解しないで分かってくれるだろうけど、そこに付け込むなんて甘えた方法でしか伝えられないような気持ちなら、言わずに黙っていたかった。
 海馬のキスは、城之内から見た海馬そのもののように思えた。強引なくせに優しくて、優しいくせに容赦はない。城之内が抵抗しないと知っているからか、海馬はいつもキスをしながら腰や手を抱いていてくれる。行き場のない城之内の手をぎゅっと握っていてくれる長い指に、城之内はいつも優しさを見ていた。優しさと思い込みたいだけの捕食者としての余裕かもしれないけれど、別にどちらであっても構わなかった。


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