その望みはいつの日か必ず ― たま

  高校を卒業するには、最低限の出席を確保しておく必要がある。煩わしいことではあるが、規則である以上履行せねばならない。
 かく云う訳で、海馬は数週間ぶりに登校することにした。童実野高校の正門前で送迎車から降り、驚愕や好奇等が入り混じった視線を向けられる中、歩みを進める。校舎に入って三階へと上り、廊下を行き、到着した教室の開け放たれたままの扉を潜ると、騒々しかったはずの教室から音が消えた。見渡さずとも、クラスメイト達の視線が注がれていることは判る。毎度のことだと気にも留めず、海馬は廊下側のいちばん後ろの自分の席へと向かった。
 ただひとつだけ。この教室内に於いて、ただ一人の学生の視線だけが気になっていた。
 ──とは云え、見たところで……
 どのような視線を向けられているのかは判っている。だが、見たいという思いに駆られる。
 海馬は机に持参したジュラルミンケースを置き、何とは無しに教室中を見回す振りを装って、気に掛かる方へと目を向けた。その先。
 此方を睨みつける奥二重の大きな目。不快さを隠そうともしない琥珀色がかった瞳。
 視線がかち合うなり目は反らされた。
 ──予想通りだな。
 自嘲し、海馬は椅子を引いて座る。
 ジュラルミンケースを開けてノートパソコンを取り出し、もういちど先ほど視線を向けた個所へと目を向けた。
 今度は視線が合わない。此方を向かない眼差しは先程とは異なった朗らかさを湛え、仲間と称する連中を映している。
 叶わないとは判っているが、あのような眼差しを──同じでなくても構わない、せめて僅かなりとも、剣呑さを削ぎ落とした眼差しを向けられてみたいものだ。そう強く望みながらも、その想いを誰にも露顕することが無いように心の奥底に押し込めた。

 授業が始まり、教師が数式を板書しながら説明していく。
 授業内容を一切聞かずにノートパソコンを操作していた海馬は、不意に手を止めた。


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