高鳴り届くは恋と鬨 ― コユ

  (どうしたらいい? オレ……どうしたら……)
 城之内克也は混乱していた。その戸惑いは、目の前にいる海馬瀬人の脳や肉体にも伝播する。二人きりの空間に流れる空気は、ここ数ヶ月で一番張り詰めている。それもどこかひそやかな甘い興奮を含んで。
(どうしよ、だって、まだオレ、海馬に何も言ってねーし、アイツから何も聞いてもねぇのに……!)
 そこまで考えて初めて城之内は、自分の耳が海馬のどんな言葉を待っているのか気付いてしまった。こんなはずじゃなかったのに。最初は、こんなはずでは──、

       §

 最初のきっかけは、卒業式に海馬が出席しないと城之内が耳にしたことだ。あいつも来りゃよかったのに、と思わず口を突きそうになった自身に彼は驚き、バトルシティを終えての海馬との別れ際を回想する。弟を連れブルーアイズジェットに乗り込んだ彼は、陰鬱な雰囲気だけを纏っていた頃とは人が違ったように清々しい顔つきをしていた。こういうところのあるヤツだから、こいつを遊戯のライバルだってオレも認めるしかねーんだよな、と城之内は人知れず感慨を覚え、アメリカへ伸びる航空機の軌跡を眩しく目で追ったのだ。
 そんなわけで、虫の好かない部分はあれど城之内にとって海馬はもはや単なる嫌悪の対象ではなくなっている。だからクラスメイトの不在に対してわずかな寂しさを抱くのは、仲間思いの城之内にとってごく自然なことだった。

「城之内くん! ほら、集合写真も撮り終わったし、そろそろバーガーショップに移動だって」
 うわの空ぎみだった城之内に、親友である武藤遊戯が声をかける。小柄な遊戯が卒業生からの答辞を朗々と響かせた場面は、間違いなく今日の式のハイライトのひとつだった。
 卒業生や教師、保護者で賑わう正門周辺。各部活動ごとに後輩も集まっているせいか校庭や中庭にも人が多い。明るく温かな日射しが注ぎ、桜は綻び始めといったところだろうか。
 今日を最後に登校しなくなる校舎を、城之内が視界に収める。柄にもなく、心の表面に浅い引っ掻き傷をつけられるようなわずかな切なさを感じて落ち着かない。だが、それは不快なものではなかった。


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